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2026年1月16日 : 令和8年(2026)の抱負
ここ数年、年の初めは台湾での半断食合宿から始まることが恒例になってきた。すっかり台湾の人達と交流が深まっている。年に2回私が台湾に行き半断食合宿と講演会を行い、また年に2回台湾の人達が日本に来て、和道で半断食合宿をしている。台湾の人達も半断食による体質改善を大いに実感している。
台湾で正食食養協会(マクロビオティックの団体)が発足し、これから食養の普及が本格化する。台湾で食養を普及するメンバーの中心は30代とまだ若く、これから本当に楽しみだ。
昨年秋には、ヨーロッパの人たちとも交流があった。同志の永井邑なかさんの計らいで、ヨーロッパの人たち向けに私の集中講義を日本で企画してくれた。そこにもやはり若い人たちが参加してくれた。
どんな世界でも黎明期には若い人たちが活躍している。私も自分では若いと思っていたが、気づけば今年は50才。初老をすっかり超えて、次世代を援護射撃する年代になりつつある。
いつでも、どこでも、だれでも、マクロビオティックは実践できる。セレブでないと実践できないなんてものはマクロビオティックじゃない。むしろ、冷や飯にさえもありつけない、そんな境遇こそがマクロビオティックで運命を開く条件を与えてくれている。
マクロビオティックが新しい時代に、新たな黎明期が到来しているのではないかと予感される。日本でも意気のある若い人たちが出てきている。マクロビオティックは絶望を希望に変えるものである。絶望の多い社会になればなるほど、マクロビオティックは光り輝く。
巷でも大きな騒動になったコメ問題はどこに行きつくのだろうか。
一年で米価格が倍ほどになったのは、消費者の懐は痛くなったが、コメ生産者には一筋の光が見えた人もいるのではないかと思う。かく言うわが家もコメ生産者の端くれであるから、お米を直接販売することができれば、お米で食っていける(当たり前のことなのだけど)という状況ができるのではないかと思わなくもない。
しかし、事の重大さはもっと大きなところにある。
現在、日本人のコメ消費量は一人年間約50キロ(私の世間の実感としてそんなに食べてないのではないかと思っている)。60年前の昭和30年代は一人年間約120キロ食べていたから、半分以下に落ち込んでいる。
米国のマクガバン報告(1977年に公表された米国の食事目標)では、理想的な食生活は1960年以前(昭和30年代以前)の日本の食生活だと言っている。私も食養指導をしてきて、現代の人たちがコメの食べる量を増やすだけで多くの問題が解決することを数多く目の当たりにしている。コメの量が増えれば、パンや麺や菓子類が減る。おかずも減る。脂肪や砂糖類、食品添加物も減る。これだけでかなり健康的になる。コメを中心に食べていると、体が安定する。
江戸時代までは一人が一年間に必要とするコメの量を一石(こく)といっていた。加賀百万石というのは加賀地方では百万人養うことができるくらいの米生産量があった。一石は約150キロだから、江戸時代までの人たちがいかにコメを沢山食べていたか。重労働の時代というのもあるが、私たちはいかにコメを食べなくなり、本当の意味での力を無くしてしまっているのではないかと思う。
時の政府次第でコメは増産か減産(調整)かと舵取りが変わるが、日本人の健康を考えると、増産以外に選択肢はないと思う。
師の石田英湾は「お米を食べよう運動」と銘打って、お米の大切さを事あるごとに伝えていた。コメは主食なわけだから、主として食べることは、食事の大半がコメであるのが自然である。
令和の米騒動をきっかけに日本人本来の食である「米を中心とした食生活」に回帰していきたいと切に願う。
私の両親も70代後半にさしかかり、流石の食養実践でも、老いを感じるようになってきた。
両親と私で1ヘクタールほどの田んぼで自然栽培の米づくりをしている。この田んぼの草とりがもの凄い修行になる。とはいえ、80才に近づく老いた両親には過酷すぎる。昨年から、草とり合宿と称して、和道の仲間に草とり応援をお願いした。これがまた本当に助かった。和道のみなさんが入れ替わり立ち替わり田んぼに入って草取りをしてくれたおかげで、おいしいおコメが収穫できた。
今年も田植え後の6月中旬から7月いっぱいくらいまで田んぼの草とりに注力したいと思う。また今年も草とり合宿に参加していただけることを切に願っている。
和道をはじめて今年で丸12年。食養合宿も160回を超える。その間、多くの人たちが半断食を体験してくれた。
半断食はごく少量の玄米粥を徹底して噛むことからはじめて、その人の体の反応に応じて回復食をしていく。体の反応が陰性であれば陽性な食で回復していき、体の反応が陽性であれば陰性な食で回復していく。
ある夏の食養合宿で、陰性な反応があらわれた人がいた。その人は回復食で味噌を中心とした食で体が整っていった。みそ汁、みそおじや、海藻や根菜の味噌煮などで体が整った。ところが、次の年の春、その人がまた和道の半断食に参加した時、排毒反応が夏の時とはまったく違い、陽性な反応が出たのだ。味噌をまったく受けつけず、他の塩気も受け付けない。そして、その人は塩断ち(無塩食)を好み、回復食は塩断ち食で体を整えた。
同じ人であっても、半断食をする時の体調、季節、溶け出しやすい毒素の如何によって体の反応が違う。
世界が丸ごと市場化された社会にあって、世界中のものが一国で食べられるという不自然な社会では、私たちの体は極陰極陽を体現してしまう。現代社会は体の中に不自然な陰陽を抱え込んでいる人がいかに多いか。
そういった体に抱え込まれた不自然な極陰極陽を半断食によって整える。その結果としてあらわれた陰陽の反応は体の自然性である。
今年もまた食養合宿(半断食)を通して、体と心をじっくり見つめていきたいと思う。
昨年は食養合宿の中で柱になっている生姜シップを施術として始める人が出てきた。それも同時多発的に何人も出てきた。
生姜シップを一度体験した人はよくわかるが、本当に気持ちいい。自然治癒力を高める要素に「おいしい、心地いい、気持ちいい」というものがあるが、生姜シップは体を芯から温めて、極楽を実感する。この生姜シップを定期的に体験することは治療につながると私は確信している。そして、生姜シップを力強く後押ししてくれる「ぎゅっと君」の存在が大きい。ぎゅっと君がなければ施術にはならなかっただろうと思う。ぎゅっと君のお陰で徹底的に体を温められ、それを継続することができる。
ぎゅっと君を活用して生姜シップの施術をしてくれる人が増えてきた。私ひとりでは対応しきれなかったのが、生姜シップ仲間が出てきてくれたことで一人でも多くの人に食養療法が伝わるようになっていくのではないかと予感している。
昨年は世界中の仲間との縁が深まった年であった。台湾、南米、ヨーロッパの人たちと交流が深まった。日本では和道で探求してきた食養療法が外に出て活躍する年になった。これらすべて、マクロビオティックの同志と妻のお陰である。私はただただ、今までの歩みをコツコツ歩んでいくだけ。その歩みの中に、多くの人が関わってくれることは本当にありがたいことである。
今年は、今までの自分の歩みを、仲間にもっともっと公開していこうと思う。和道の内外で食養指導の実際をみんなに触れてもらいたいと思う。食と手当て、運動と呼吸で多くの問題が解決されることを知ってほしいと思う。そして、「それでもダメならそれが自然」という覚悟を身につけてもらいたい。
農的暮らしを通して自然な生き方を深めつつ、無尽蔵な創造力を仲間と分かち合うそんな年にしたいと祈っている。
時の流れは速いもので、わが家の6人の子ども達も3人が成人した。今年の春は、真ん中の子ども達がそれぞれ小中高を卒業し、そしてまた次の代に入学する。子ども達はそれぞれによく努めている。
「このご時世に6人の子育ては本当に大変ですね」とよく言われるが、子どもと一緒に生活することは本当に楽しい。子どもこそ創造力の源泉だと思う。自分の人生を振り返ると子どもとの関りほど楽しかったものはない。
子育てを通して、わが家では「はじめ塾」は大きな柱になっている。はじめ塾から学ばせていただいていることは計り知れない。子ども達だけでなく、むしろ私たち大人の方が大きな学びになっている。はじめ塾は現代の希望ではないかと思う。
はじめ塾の歴代の塾長夫妻は本当に陰陽が整っていた。今の塾長夫妻の陰陽も驚くほど陰陽が整っている。中心の陰陽が整うことが、いかに素晴らしいことか。はじめ塾で多くの子ども達が伸び伸びと育って行っている中心に塾長夫妻の陰陽調和がある。
食養指導を通して感じることは、病というものは目立つものである一方、健康というのは地味で目立たないことである。極陰極陽というものは目立つのだけど、陰陽の調和したものは目立つものではない。中庸というのは実は地味なことである。中庸というのは平凡なことであるのかもしれない。平凡な中にこそ本当の幸せがるような気がする。
2025年12月28日 : マクロビオティック運動
マクロビオティックの普及活動を「玄米運動!」と大森英桜はよく言っていた。白米、白パン、白人崇拝の戦後にあらがい、玄米という、蒔けば芽が出る「ホンモノの食」の普及に大森は命をかけていた。日本で生まれた玄米運動というマクロビオティック活動は桜沢如一が世界に普及し、その情熱に感化されながら日本でもマクロビオティックが深化し、普及されてきた。
マクロビオティックの活動をぐるりと見渡してみると、その基本となるものに自然農法の普及がある。「食なきところに生命活動なし」「食は神なり」と桜沢如一はいった。近代化された農業から作られる野菜は野菜(野性的な菜)ではなく、畑菜と桜沢はいったけれど、野性的な生命力を宿すような野菜作りを追求してきたのが自然農法ではないかと思う。
この自然農法の普及に大きな力を発揮したのが、世界救世教の岡田茂吉であり、無為自然をいった福岡正信である。彼らの提唱する自然観は、桜沢如一の宇宙観(宇宙の秩序)が基本になっているのではないかとさえ感じられる。
マクロビオティックの普及活動の根底に、自然観・宇宙観が共通する同志に支えられてきたという現実がある。
そして、桜沢亡き後のマクロビオティック活動で最も敬意を払わなければならないのは、桜沢リマ夫人であるだろう。マクロビオティックを長寿法という一面を遺してくれたのがリマ夫人である。リマ夫人の100才の生誕祭には世界各国から多くの方々が祝辞に来られた。そして、リマ夫人の遺したリマ・クッキングスクール(現在のマクロビオティック・クッキングスクール・リマ)は「玄米運動」の根幹である玄米の炊き方から、マクロビオティック料理の調理法を進化させながら普及している。
マクロビオティックに出会う人たちの多くが病気治しからという面は多い。かくいう私も、私の家族も、病弱であったお陰でマクロビオティックに出会った。食養の系譜という資料があるけれど、石塚左玄からはじまる食養指導家の方々は大なり小なり自身の病弱さを食養によって回復された方が多い。
戦後の日本、殊に桜沢如一なき日本(1966年以降)のマクロビオティック活動のトップランナーは大森英桜ではないかと思う。桜沢の宇宙観を深化させ、食養指導を進化させた。大森の食養指導は陰陽無双原理を臨機応変に活用し、どんな病気に人にも対応できる「五つの体質論」を確立させた。さらに、桜沢の提唱した七号食(ナンバーセブン)を病気別に応用したのも大森の特徴ではないかと思う。
桜沢は生前からクラックス(無双原理問題集)という問題で、後輩たちを刺激し続けてきた。晩年、マクロビオティックを活用したエネルギー、農業、医学の各方面での進化を後世への遺言としている。その医学の面において進化させたのが大森である。大森を名誉会長にして発足したのが宇宙法則研究会(1995~2016)であった。
私は1996年から宇宙法則研究会(略して宇宙研)の活動に参加した。大森の妻の一慧(1933~)石田英湾(1936~2010)、国清拡史(1947~)、伊藤誠(1944~2023)、鈴木英鷹(1957~2012)らが大森英桜を囲んで発足した会であった。
宇宙研での活動は、まさにマクロビオティックを医学の面で大きく発展させた。講師陣総勢で取り組んだ半断食(七号食の応用を含めて)の中から無塩食(後に塩断ち)が生まれた。
古今東西あらゆる医学に陰陽両面があるように、命に向き合う医学は危険も伴う。七号食(桜沢は七号食を断食という)や塩断ち(一時的な無塩食)も取り組む人の体調をよく観察しながら実践することが大事である。登山と同様、断食も塩断ちも登りがあれば下りがある。断食も塩断ちも終わると旺盛な食欲が出てくるようでなければならない。食欲は生命力だから、旺盛な食欲が出てくるような断食や塩断ちを実践することである。
食養指導を通して、中庸というものがいかに大切であるかということを思い知らされる。桜沢は「嫌いな人に出会ったことがない」というが、これがまさに中庸ではないかと思う。「中庸に好き嫌いなし」
桜沢の著書の中からはほとんど「中庸」という言葉はみつからない。ほとんどというのは、私は桜沢の著作を完全に覚えていないので、もしかしたらどこかに中庸という言葉があったような気もする。
しかし、桜沢のいう健康の七大条件も、判断力の七段階の最高判断力も、自由で健康で平和な生き方は、陰陽の偏りなく、それでいて陰陽を大きく孕んだ中庸な状態ではないかと思う。サトリというのも中庸ではないかと思う。
この中庸に至る道がマクロビオティックの食と生活ではないかと思う。
桜沢如一にはリマ夫人をはじめ、多くの弟子がいた。米国やヨーロッパで活躍した久司道夫、南米で活躍した菊池富美男、日本で活躍した大森英桜、他にも数多くの弟子たちが食養指導を通してマクロビオティックを普及した。
私は大森英桜の最後の弟子にあたるのだけど、師の大森の活動をまじかで見ながら、自分の活動の至らなさを痛感する。桜沢は「キリストの教えは2000年、釈迦の教えは2600年、空海も法然も親鸞も千数百年教えが続いているが、マクロビオティックはさて何年続くか」というようなことを書き残している。
私も食養指導を通してマクロビオティックを細々と継承しているのだけど、この食養指導を後世に残さなければならないと思う。マクロビオティックや陰陽無双原理は実用弁証法である。弁証と実用も陰陽であり、この陰陽が調和してはじめて後世に残るものであると思う。この実用ということが食であると思う。
病気は宇宙の秩序、自然の摂理の発現そのものであるから、自然に沿うことで病が快癒されるその術がマクロビオティックの食であり生活である。私はマクロビオティックの世界に関わり30年、食養指導25年、1万人以上の方々に食養指導で関わってきた。大森の遺した「五つの体質論」が私の食養指導の基礎になっている。「五つの体質論」を活用すれば(複合型など、細かく見るともっと多くのパターンになるのだが)、どんな病気にも対応できる。この経験を次の世代に残していきたいと思う。
大森は「たった一人でいい。たった一人無双原理を理解する人が残れば、繋がっていく」といった。ダレもがそんなたった一人であれば、一粒万倍、マクロビオティックは残り、そして広がっていくだろう。
2025年12月9日 : 心と体の陰陽
心と体は陰陽の関係だと思う。前回のブログで書いたように、心は陰性の力(冷、苦、煩、閑)によって鍛えられ、体は陽性な力(熱、重、動、忙)によって鍛えられる。
しかし、多くの世界の人たちを見ていると、体を鍛えることが心を鍛え、心を鍛えることが体を鍛えている、という現象がある。
昔から心身一如とか物心一如、文武両道などといわれる。心と体は相反するものでありながら、根は同一なるものであることを古人は感じていた証拠ではないかと思う。現に私たちの心の状態は肉体の状態にいかに同調していることか。大リーグで二刀流の活躍をしている大谷翔平は、ある記者から尋ねられたという。専属通訳から莫大な詐欺被害に遭い、精神的に参っている時であった。「大谷選手、今シーズンはメンタル的に大変だと思うのですが、どのように乗り切っていこうと考えていますか?」大谷はそれに対して「メンタルは基本的には無いと思っています。メンタルも体次第で、体の調子が良ければ問題ないと思っています」と答えたという。どの世界でも一流を極めた人たちは、心身一如を体現している。
近年、腸は第二の脳と呼ばれ、腸内環境が脳に決定的な影響を与えていることがわかっている。
マクロビオティックを実践すると、心と体は切っても切り離せないものだと実におもしろいように体感する。食べた物によって、体は陰に陽に変化するが、心も同じように陰に陽に変化する。
果物や砂糖の入ったものを食べたら、鼻水が垂れてくるのはマクロビオティックを実践している人は顕著だ。心も湿って、ウジウジと煮え切らず、大事な決断をしなければならない時には、陰性食は要注意である。
一方で、動物性の肉や卵を食べたら、体と心は極陽性になる。体にはコリや炎症などが起こり、心ではイライラしたり、他者を支配したくなったりする。
心と体の陰陽を調和させるのに最も簡単な方法が中庸な食べ物を中心に食べることである。それが穀物である。穀物を表す禾(のぎ)に口(くち)と書いて和。私たちは穀物を食べることで自分の内側も外側も和んだ世界を創り出すことができる。東洋の端にある日本ではその穀物がお米(コメ)である。
では、その穀物を安定的に生み出すにはどのようなことが必要なのであろうか?
米作りをしていると何が大事であるかはスグにわかる。体力である。体に力が無ければ米作りはできない。とはいえ、自分一人の力では米作りはできない。周りの仲間と協力して田んぼに水を引かなければならない。我田引水では米作りはできない。
ここにも陰陽がある。自分の体を鍛えることと、周りの人たちと協力していくこと、これも陰陽の調和ではないかと思う。
桜沢如一は健脚でも知られていたようだ。強靭な精神力は強靭な足腰に宿るように思う。空海も法然も親鸞も、みな健脚だったようだ。キリストだって世界津々浦々を足で巡って健脚だったといわれる。足腰を鍛えることはこの地球の大地に根を降ろすことであり、結果として花を咲かせることなのではないかと思う。
今、私たちは先人の歩いてきた道にあまりにも安々と乗ってしまっているのではないかと思う。私たちも先人が氣づいた体と心の一体性を足掛かりに生きるとすれば、足腰を鍛えて根を張り巡らさねばならない。今しっかりと根を張らずして10年後、20年後に花を咲かせるなんてことはできるはずがない。
心身の病気においてもまったく同じことが言える。みずからの足で、みずからの手で病気を治していかなくては、一体ダレが治してくれるというのか?ダレもあなたの代わりに歩くことはできない。ダレもあなたに代わって病を治すことはできない。心身の健康と自由は自らだけが確立する術をもっている。
コメ不足になりつつある社会にあって、今私たちは生き方を見直す最後の局面に来ているような氣がする。
2025年11月29日 : 体力と精神力
ある時、大森英桜を知る人から一本の電話があった。
「大森先生の精神力はすごかった。日本のガンジー、現代のガンジーという風だったね」という。私もその言葉に妙に納得し、大森先生の精神力にひととき想いを馳せた。
電話越しに言われた精神力について、私は電話を切った後も頭から離れず、「精神力とは一体何なのか?」を考えた。
精神は肉体や物質の対語であるが、肉体の力が体力であるのに対して精神の力は知力といえるのか。
知力も精神力のひとつではあるが、すべてではないような氣がする。知識があることと精神が研ぎ澄まされていることは違う。精神というものは、もっともっと大きく不変なチカラを想起させる。
私たちには知識の有無にかかわらず意志の力がある。思い描いたことを実現する実行力を伴った意志。意志の力は知識よりも精神に近づいているような氣がする。意志こそ精神の大きな発現であるような氣がするが、精神はもっともっと大きく広いものを含んでいるのではないか。
オリンピックの花形競技に100m走がある。100mを如何に速く走ることができるかを競う。まさに肉体の極限を競う代表的な競技である。一方、100m走と並ぶ花形競技に42.195kmを如何に速く走り切るかを競うマラソンがある。長距離走の極限がマラソンであり、短距離走の極限が100m走である。
これらの競技を見ていると、マラソン選手と100m走選手の体格の違いに大きな対比があり、おもしろい。スリムで締まった体つきのマラソン選手に対して筋肉隆々で大きな体をした100m走選手。持久力を競うマラソンに対して瞬発力を競う100m走。前者が陰で後者が陽という見方もできる。
マラソン選手と100m走選手を比べれば陰陽となるが、マラソンよりも倍以上長い100kmを競う選手はマラソン選手よりもずっと陰性でなくてはならないのではないかと思う。100kmよりももっと長い距離、そんな競技はないかもしれないが、何万キロを走ったり歩いたりする競技があれば、その選手はもっともっと陰性でなくてはならないだろう。
時間がかかればかかるだけ、その時間を持久する力こそが陰性の力である。早く走ったり歩いたりすることから、気の長くなるような道のりをゆっくりと歩むことはさらに陰性力が増さなければ続けることはできない。肉体の陽性に対して精神の陰性である。100mを如何に速く走ることは陽性の肉体の発現であり、何年も何十年もいや何百年も何千年もひとつのことをコツコツと続けてゆくことは陰性の精神の発現ではないだろうか。
肉体を鍛えるには走ったり、重いものを持ったり、筋肉や骨に負荷をかけると肉体は強くなる。
一方、心を鍛えるには物理的に陽性な刺激だけでなく精神的に陰性な環境に身を置くことが大事のようだ。
ひとは閑に耐えることこそ辛く、難しいといわれる。冷、苦、煩、閑に耐えることは辛く悲しいことである。冷、苦、煩、閑は心身から見るとひじょうに陰性な状態である。この陰性な環境こそが陰性な精神を研ぎ澄ませるのだろう。肉体は陽性な負荷によって筋肉細胞が大きくなってゆくのに対して、精神は冷・苦・煩・閑の陰性な負荷によって、心の軸を一点に集中させることができる。
肉体の陽と精神の陰が調和してはじめてヒトとなる。心身の陰陽が調和すれば、陰性な持続力と陽性な行動力が湧き起こって、思い描いたことが実現されてゆく。心身の陰陽の調和は、食物の陰陽調和を基本としている。陰陽さまざまな力は「血から」生まれている。そして、私たちの血液は食物から生まれる。陰陽が調和した食物こそが、心身の調和をもたらす。
2025年11月14日 : 一体全体
「ひとりでいるとおかしくなりそうです」
若い恋人同士の会話ではなく、まもなく古希を迎える男性から、こんな電話が時々かかってくる。
骨粗しょう症から、腰椎骨折、大腿骨骨折、体の主な骨が折れているわけだから、生活もままならない。動くのもやっと。身よりなく、東京のアパートでひとりひっそり暮らしている。
食養指導30年、多くの人に寄り添ってきて思うのは、人の幸せというのは、全体性の獲得にあるのではないか。
人の幸せをぐるりと見渡すと、人と人、人と集団、人とモノ、それらの結合に喜びがある。結婚、入学、就職、収穫、収入など、喜びの多くが結び合うことにある。陰陽でみれば陽性なことに喜びがある。一方、離婚、退学、リストラ、不作、借金など、うまく結び合わず離れていく、陰性なハタラキに悲しみと嘆き伴うことが多い。結び合うことが陽性で離ればなれになることが陰性である。
そしてまた、人生をぐるりと見渡すと、どちらか一方だけしか経験しないという人はいない。多くの人がみな、陰陽両方の経験を、だいたい同じくらいしているものだ。むしろ、陰陽両方を経験してこそ、人間として豊かになっていき、人間力が高まる。喜怒哀楽もまた陰陽である。
一人の人間の健康も、社会や組織としての健康も、みな同じである。一つで全体を体現しているかどうか。一人の人間は手足の隅々まで血液がしっかり流れているか。組織や団体は、一人ひとりが活性化しているかどうか。一体が全体を獲得しているかどうか。
ひとりで生きていても孤独でない人は、多くはないが存在する。そんな人をみていると、一人であっても全体性を獲得している。
ひとりでいると気が狂いそうになる男性も、全体性を獲得したくてそのような感情が出てくるのだ。私たちの欲求や感情というものは命の全体性の獲得のために発動されている。この全体性というものが、中庸ではないかと思う。
私たちは本来、存在そのものが中庸である。
命が生まれたということは、陰陽両方をエネルギーが結び合わなくてはならない。不妊の相談を受けていると、陰に偏っても陽に偏っても妊娠しないことがよくわかる。出産だってそう。陰のハタラキと陽のハタラキがなければ、無事なお産にならない。
一体全体、私たちはそこに向かって生きているような氣がする。
10月25・26日、マクロビオティックわの会主催で、国際交流会が開催された。収穫の秋に行われた国際交流会では多くの収穫があった。それは、世界のマクロビオティックの一体全体性に大きく近づいた!
マクロビオティックという言葉そのものが一体全体という中庸をあらわす言葉だが、その実現に大きな一歩を踏み出した。
マクロビオティックは世界の伝統的な食と生活が基本にある。そこに、環境の変化、関係性の変化に対応した柔軟的な生き方がマクロビオティックである。世界各地に住む人々が、触れ合い、交流することで生まれるエネルギーはまさに一体全体、陰陽を大きく孕んだ中庸を体現していた。
それを実現させたのは、わの会の実行委員の一人ひとりの陰陽が調和していたからだと、あらためて思った。すばらしいハタラキだった。陰に陽に氣が巡っていた。
人間や組織の離合集散は陰陽の一面だが、それを越えて、一体全体・中庸がそこにはあった。国際交流をへて、命の全体性・中庸性を感じる素晴らしい空間であり時間となった。空間と時間も陰陽であるから、空間と時間の交わる間を「いま(間)」というが、その間も絶妙であった。
この共感と協調の「いま(間)」を創り出したのは、穀物を中心としたマクロビオティックの食生活ではないかと思う。洋の東西では、東の米に対して西は麦であるが、西洋においてもさまざまな理由で米を食べる機会は増えている。現代ではグルテンフリーが大きな起爆剤になっているが、元を辿ると、桜沢如一や久司道夫のマクロビオティックの普及が基盤になっている。
来日したマクロビオティック実践者の多くはコメをよく食べている。それは顔をみればわかる。私たちは食べ物のお化けだから、コメをよく食べていると、西洋人であっても本来の東洋人のようになってくる。
さらに、コメとムギは同じイネ科(禾本科)で遺伝子の共通性も実はものすごく多い。コメ文化とムギ文化はそれぞれ特異性も多いが、共通性も多い。このイネ科の穀物を主とする人たちは、平和で調和のとれた生き方ができる。禾を口にしている人々だ。
マクロビオティックの平和活動は、ひとことで言えば「穀物を主に食べる」に尽きる(しかし、過去に肉食をたくさんしてきた人たちは、その分解に野菜や香辛料、場合によると果物を、穀物よりもたくさん摂る必要のあるひとも多い)。私たちは穀物の種を食べるわけだが、種は一粒全体、根、茎、葉、花、そしてまた種と、すべての要素が含蓄されている。
全体性そのものである穀物を食べていたら、私たちは自他の区別のない、自他一体、一体全体の生き方ができるのではないか。
食養の日々の実践は小さな一歩だが、そのコツコツとした歩みは大きな一歩に繋がっていく。それもまた一体が全体に繋がることである。
「ひとりでいるとおかしくなりそう」な人は、自然との繋がりを取り戻すことである。それは、食からであり、人からであり、生活からである。