ウイルスと人間

 人間とウイルスは本来、共存関係にあります。胎児の胎盤を作るのにもウイルスは重要な役割を果たしているようですから、私たち人間はウイルスなしには存在しえないのです。胎盤だけではありません。血液や血管、様々な臓器に至るまで、ウイルスの働きなしに人間は存在しないのです。
 ウイルスは宿主である動物に住み着いて命を継承していきます。細菌はエサがあれば自己増殖できるのですが、ウイルスは宿主がいないと生存できないのです。寄生した動物が死んでしまえばウイルス自らも死んでしまいますから、ウイルスにとっても宿主である動物には長生きしてもらいたいのです。ウイルスが生命の進化に不可避的であった理由がそこにあります。
 ではなぜ新型コロナウイルスは私たちの命を脅かす存在だと言われるのでしょうか?
 ウイルスと宿主には相性の良い悪いがあると言います。「宿主の壁」と言って、人間に適したウイルスと豚や牛、鳥、コウモリなど、それぞれの動物に適したウイルスは違うというのです。生物は昔から棲み分けをしてきたのには理由があったのです。この壁が低くなってしまうと、ウイルスは壁を乗り越えて、他の動物に安易に侵入するようになります。するとウイルス同士の生存競争がはじまり、かつウイルスと生物の適合反応が勃発するのです。生物にとってはそのウイルスを迎え入れるか、追い払うかの判断をしなくてはなりません。この時に私たちは様々な症状を発症するのです。それが、発熱、炎症、痰、咳、下痢、倦怠感など諸症状です。
 この時に、すでに体の中で症状が出ていたら、火に油を注ぐように、体全体がものすごい炎症を起こすでしょう。新型コロナウイルスが引き金になって亡くなっている人の多くが基礎疾患を持っているというのはこのような理由からです。
 宿主の壁を低くしてきたのが、家畜制度と肉食です。安易に想像できるように、異種動物である家畜が人間の近くに居れば、ウイルスは飛び越えやすいものです。さらにはその家畜を食べてしまったならば、ウイルスはさらに侵入してくるでしょう。昔から、家畜動物を神様に見立てて、清潔感を保ち、労働の手助けとして共に暮らしていたのは、宿主の壁をある一定に保ち、ウイルスの侵入を防いでいたと考えられます。さらに伝統的な宗教の多くは肉食を禁じているのは無秩序なウイルスの交換を防いでいたとも考えられるのです。聖書や仏典を読むと、「すべからず」が多いのですが、ウイルスとの関係を今回のように痛感すると多くが納得いくものばかりなのです。
 人間がウイルスと共存してくのには、人間本来の食性を基本とすることです。人間は穀食動物です。穀物と旬の野菜や海藻、伝統的な発酵食品を中心に食していくことです。簡素で豊かな食生活を日々の基本としていれば、どんなウイルスでも怖いものではなく、ありがたいものです。新型コロナウイルスは人間の本来の生き方を気づかせてくれているのです。